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政治の話はよくわからない

ドナルド・トランプ氏が大統領になってしまった。

Brexitといい、今年はなんなんだろう、大衆ってすごいと思うことの多い年である。大衆の構成員がマジョリティであることに胡座をかき、慢心し、その体制の継続に労力を支払わなくなったときに世の中はひっくり返るんだろうなと思わせられる。

もっと言えば、大衆の構成員の中の、本当の意味でリベラルでいることが可能な知識層か完全に肩透かしをくらったということだし、それは一部のトランプ氏支持者が望んでいた結果でもあるのかな。4年間が始まるのはこれからなんだけど。この先のシナリオはなんだかんだでヒラリー基準で書いてた人の方が身近には多い。僕もそうでした。

で、疑問に思ったのが、なんで僕はこれだけヒラリー擁護の声ばかり聞いていたのかということである。ネット含む僕の観測範囲にトランプを「大歓迎」している人(=ヒラリーとの比較なしにトランプを評価している人)はほとんどいなくて、なんでなんだろうって。

しかし、ひどく観測範囲の問題なのを感じる。まず、今日本にいるという点によって。社会に不満で金銭的に不安で重苦しいのなら、「なんとかしてくれそう」なのも「楽しそう(未来がありそう)」なのも「今の社会に一泡ふかせそう」なのもトランプだけど、その層の言葉が言語を変えて海を渡るのはハードルが高かったのではないかと。そして、僕の周囲の人間のほとんどが、日本において、リベラルによって何かを獲得しうるマイノリティか、先述した”リベラルでいることが可能な知識層”であったということ。本当にそれだけだったんだと思う。おれたちはリベラルクリーンなアメリカしか知らなかったのだ。

そもそもいままで社会保障だったり低所得者救済だったり女性地位向上だったりマイノリティの人権だったり、そういうリベラリズムを掲げているのが現体制側だった、ということがまず日本では考えにくいことだ。リベラルって、正直マジョリティの特徴を持つ人間に必要性を分かってもらわないと存続できないので、かなりハードルが高い。「ちょっとリベラル」な層が、「変化と革新を期待して」トランプに票を入れたのが勝因とか、「負け組白人男性」(日本で言う中年童貞と似たような層だろうか)が、かつて自分たちが白人男性であるというだけで得られていた栄光が失われたという意識を持っているところを見事に票田にしたとか言われている。なるほどなあと思った。

みんな、自分が得をしたい。できれば努力せず。そういうことなんですね。

一番に思ったのが、アメリカも日本と根本は同じだったんだー!ってこと。倫理の話題はアメリカで本当に進んでいるし、日本は「人権後進国」だという話をしょっちゅう耳にしていたし、アメさんはもうこの手の問題において社会のレベルが段違いなんだろうなと思っていた。実際肌の色による明確な差別とかは日本にはあまりなかっただろうし、大衆が考える機会は圧倒的に少なかったという歴史の差はあると思うけど。でもアメリカにも少なくとも半分、あまりに平等化していく社会に自らの立ち位置の危機感を覚える人間がいたんだなあと。正直知らなかった。

Brexitでも大きな争点になっていたのはやっぱり移民問題で。今回もそれと、それの近傍にある問題が一つの争点だった。移民、日本に来ます、いいですよね?と言われたら建前上NOとはちょっと言いづらい。でもそれを表明する場が「誰も見ていない、個人も特定されない」投票場の空間だったら。NOと言うことで、自分に非難が降りかかってこない場所だったら。それでもYESと、言えるだろうか……。

わたしは仮に自分がアメリカで同じくらいの社会的立ち位置にいて、投票権があったら、全然トランプ反対派ではなかったと思う。トランプという本音。ヒラリーという建前。決めるのは自分の「倫理観」。本当にヒラリーに投票”できた”か?

そんなわけで、全然今の状況に反論やら、非難やら、できなくなってしまったのである。当たり前にトランプの方に危機感を持っていた私は、上から目線とか、自分は安全域にいながらものを語るとか、まさにそれをやってしまっていたのであった。選挙の結果が出たときによく目にした、「もっとも愚かな中流の思考」である。物事は全然簡単じゃなかった。というか僕やっぱりリベラルじゃないんじゃないか?倫理について考えるとリベラルにならざるを得ないというだけなのでは。

 

本当の意味でリベラルになることが可能だった知識層、どれだけいたんだろう。そして、それでも半分、ヒラリーに票が入ったということがむしろアメリカの多様性と、倫理観の現れだったのではないかと思った。

どうも話が二転三転していけない。論として穴がありすぎる。今後も思考し続ける必要がある。絶対に。